2021.5.21
MACBJ
MDTB定期症例検討会:2021−MAY
第107 回:公開版2021−05
(MACB:Monthly All Members Conference BETHEL Japan)
(MDTB:Multidisciplinary Team Approach 多面的ティームアプローチ)
症例 80歳代 女性
病名 Binswanger病 症候性焦点性てんかん
〈看護―入院〉
1 入院理由:てんかん発作群発、嘔吐持続
2 一般病歴:胎生期、周産期、乳児幼児期に特疾なし
47歳:腎結石の摘出術のため3月入院
62歳:C型肝炎でインターフェロン療法で3月入院
72歳:尿管結石で入院した。後、頻尿に悩む
心房細動の診断を受ける
3 てんかん病歴
家族歴:ご長男に5歳児に熱性けいれん単回あり
脳髄膜炎や頭部外傷歴はない
68歳時に起床時に突然の嘔吐持続あり、内科入院したが特疾なし
69歳時に胸苦発作あり、救急科で精査をうけたが心拍期外収縮のみ
後日の念のため脳波検査で発作波が検出され
ヴァルプロ酸の服用開始
70歳に入り、義母のお世話をしなくなった
72歳頃から不活発になり、尿失禁も見られるようになった
73歳時に当院を紹介され初診となる
4 その後の病歴
一週間の脳波検査入院で、特有の徐波活動と多焦点性のてんかん発作波活動を認めた。意識減損発作など不顕性の症状はないことが確認された。特有の大脳画像異常を認めたため、東北大学脳神経内科の教授診察を依頼した。Binswanger病でよいとのこと。
5 今回入院時の看護評価・ケア
今回第107回は症例は発作群発により、緊急入院された80代女性である。彼女は10年弱前の2012年1月に初診し、精密検査入院を受けている。なお、いわゆる認知症があり、東北大学神経内科でも診察を受け、脳血管性認知症であった。前医で投与刺されたヴァルプロ酸(VPA)で発作事態の再発はなかったので、VPA処方はそのまま継続されていた。高齢のため、近医で経過観察されていた。なお、VPAの処方量は600mgから300mgへと漸減されていた。
緊急入院前夜から入眠中にウーっと声を出し、左手を突き上げ、5分ほどふるえる発作が連発し、また嘔吐も続いていると、夫から連絡が入った。発作再発と判断され、緊急入院となった。入院後24時間脳波VTR同時記録により、2度発作の確認あり部分発作としてガバペンGBPが緩徐導入となった。
入院時は、発作後もうろう状態あり夜間不眠・不穏状態にあった。認知症もあり、自分の置かれている状況が理解出来ず「帰りたい」「入院させられた」という発言が目立っていたが、次第に落ち着きOTにも楽しく参加出来るようになった。職場退職後、お茶の教室を開いたり、町内会クラブの会長を担い活発に活動されていた方であり、若かりし頃の話やご家族の話には、生き生きとした笑顔で会話を楽しむこともできるようになった。
入院後コロナの影響から、面会禁止の状況が続く病棟運営となっているため、ご家族とテレビ電話で繋ぎ、ご主人との面会の機会を用意したところ、涙を流して喜ばれた。ご家族さまには、処方変更等の情報やご本人様の病状を、定期的に連絡していくのがベーテルにおける担当ナースの役割となっている。その際には、面会が出来ない代わりにテレビ電話で、ご家族とご本人さまを繋ぐ架け橋としての役割も担っていきたい。
ガバペン導入となっているため80代という年齢も考慮し、副作用の傾眠・ふらつきの有無を観察していく。また、ベーテルで共に生活する皆さまと楽しい時間を共有しながら、安全・安楽に入院が継続できるように援助していきたい。
(担当看護師:上嶋愛美)
<生活介護ケア>
ダーリンを呼んでください!愛しいご主人を求める彼女は、車椅子に埋まりそうな小さな身体全身でそう訴える。
普段は凛とし、鏡に映る自分の髪を整え、しっかりとした口調で話をする。その姿はかつて教え子を持った仕事の名残なのだろうか。上品な振る舞いをする彼女も、一度病状が不安定になると力の無い足で車椅子から立ち上がり、自宅へ帰ろうとする。こちらの心配をすべて恐怖、怒りに捉え、抵抗する姿。私たちは彼女に何をしてあげられるのだろうか。
愛しいご主人との電話は、それまでの怒りで震わせていた唇と険しく真剣そのものの表情を、少女の様な素直な姿に変えさせる。愛していると涙しても、しばらくすると電話を覚えていない寂しさ。お見回りの世話から私たちは何ができるのだろうか。安全で安心できる居場所づくりか。
小柄な彼女にはここはすべてが高くて不便な環境。まず、排泄に関して、トイレすら便座が高い。便秘気味な彼女が、腹圧が掛やすい位置へ座り直してもらう必要がある。食事について、入院当初は身体が左に傾くことにより机が曲がって食べにくいと話した。正しい姿勢保持を皆で提供する事により自力摂取することができた。現在、問題なく食事摂取している。
移動についても、靴は滑らないか、イスに深く腰を掛けているか。ベッドに端座位になると足が届かない。しっかり足を床に付け、転倒防止に努め移動する必要がある。活動・休息のメリハリある日課に添って、活気あふれる病棟の雰囲気に引っぱられ、ここにいていいんだと感じてもらえる環境作りが必要である。最後に、彼女にとっての「今」の昔話に花を咲かせ、毎日小さな幸せと笑顔がある入院生活をサポートしたい。
(介護福祉士:砂金七枝)
<外来看護評価>
症例は80代女性で夫と二人暮らし。3年間毎月通院していましたが、二人
とも高齢で通院が困難となり、他疾患で通院している近くの医院を利用し、ベ
ーテルには半年ごとの検査通院継続となっていました。2年間来院なく連絡を
入れたところ、要介護4介護サービス利用の在宅生活になっていた。歩行はな
んとか出来ている状態のようで施設入所検討しているところでした。今回、発
作再発で入院となりました。
高齢となった方々が抱える、てんかん問題がここにありました。地域の支援
事業所や通所先との繋がりを構築していない状況で、外来看護管理の盲点が浮
き彫りとなった症例でした。退院に向け調整していきたいと思います。
(外来管理:村上悦子)
<検査>
覚醒時脳波、睡眠時脳波共に右優位に前頭部~前側頭及び後側頭に鋭徐波複合~徐波が見らる。覚醒時及び睡眠時共に同部位に2~3分に1回出現する。24時間VTR脳波同時記録検査で2度確認された発作時脳波では、右前頭部~前側頭及び後側頭優位に全汎性に棘徐波複合の群発が見られた。VTR上では目の一点凝視するものや顔や口元が力んでいるように見える。また上肢の強直も見られその後全身けいれんへと移行した。
またMRI画像診断では、Binswanger型白質脳症でありBinswanger病とは大脳白質が広く障害され慢性的な白質の血流障害がおこる。また本症例では後頭から幅広くに著名な所見がみられる典型的な症例であると思われる。脳波でも後頭側に徐波の所見が見られるので関連性があると思われる。
またその他MRIでは胆嚢に結石が認められ、左腎がやや萎縮気味である。心電図検査ではⅠ度房室ブロック、左室肥大が見受けられ、24時間ホルター心電図では多数の上室性期外収縮が見られる。エコー検査では胆嚢に胆石の所見あり。24時間血圧検査では全体的にやや高い傾向がある。
(検査科:菊池崇大)
<主治医コメント>
ベーテルは本来思春期病棟であった。この十年ほどで、ご高齢の方の受診が増えている。幸い、神経内科医、脳神経外科医、高次機能医、そして精神科医の診察、画像診断医へのコンサルトも提供できるので、高齢のてんかん例との付き合いも手慣れたものとしていくことができるであろう。
本例は、脳血管性障害を基礎としたてんかんであり、焦点性発作には第一選択と呼べないが、一定の効果を期待でき、しかも作用が穏やかなヴァルプロ酸VPAで長年よくてんかん病勢がよく抑制されていた幸運な方ということもできる。
事実はてんかん発作が増悪し、24時間脳波・VTR検査でなければ捕捉できない不顕性の(お隣で眠っておられるであろう夫君にも気づかれない)小型の発作がいつの頃からか出現していたとなる。右後方から広範に伝搬する発作時脳波パターンを三回検出できた。この意味はそうでない場合と比べれば天と地の違いで、発作襲来の確率が非常に高いことを意味する。部分発作を抑制するための新規薬の導入とその効果を判定する必要が知られたとなるので、外来管理のあり方も大きく変更となる。
80歳を超えておられ、心房細動含めて心疾患があるので、ナトリウムチャネル阻害剤系の主要抗てんかん薬の投与を避けた。より穏やかなガバペンティンGBPの効果を期待したい。
なお、心房細動などは循環器内科、完治したされていたC型肝炎の評価消化器内科での再精査も必要な検査所見であり、既に専門医に紹介し、精査を仕組んでもらっている。
(Drソガ)
<神経心理>
この症例は、てんかんや発作の問題に加え、認知機能の低下という日常生活に大きな影響を与える側面を持つものであった。認知機能の低下はすでにみられており、入院してより詳しく認知能力の検査を行った。知的能力、認知能力の低位は大きいものの、言語や知識的側面と、視覚、運動的な側面の乖離が大きい結果となった。おそらく発症前は高い認知機能を持っていて、会話も流暢に可能で、認知症の症例に見られる過去の経験や思い出は鮮明に残っていることを示す結果であった。一方で視覚性や新規の情報の処理、記憶面の苦手さは強く、混乱や諦めをもたらすものであった。
会話や語りから性格、内面をみていく検査では、過去の経験と現在とのギャップに混乱を覚え、受け入れようとはするが葛藤が強い結果がみられ、今後の関わりにおいても、現在の認知機能やマイナスな側面だけに捕らわれず、本人の存在や情動を支える過去の記憶との繋がりも大切にした関わり、ご家族や支援者の変化にも敏感である関わりの必要性を感じる症例だと感じた。
(神経心理士:阿部佑磨)
<薬剤>
2007年初発でVPAが処方開始(800㎎→600㎎)となる。2008年頃
より認知機能の低下が現れる。
2012年1月ベーテル初診時、心房細動にてワーファリン1.5錠を服用中であった。その後入院精査し、VPA600mgはそのまま継続。東北大学病院で脳血管性認知症と診断された。2014年C型肝炎による肝機能の悪化によりVPAの濃度が高めとなり600mg→400mgへ減量した。2015年以降は、嚥下力の低下がありVPAの剤型を錠剤からシロップに変更している。2020年11月VPA血中濃度が90.48まで上昇したので400mg→300mgへと減量となっている。
2021年4月発作再発し、2回目の入院となる。入院後VPAを300mg→
200mgまで減量した。譫妄状態が出現あり5月2日からリスペリドン1mgを導入し観察中である。VPA200mgのみでは発作抑制が難しいので追加薬剤としてPBを考慮したが、精神状態を鑑み、さらにC型肝炎による肝機能へのダメージを考え、代謝を受けないで排泄されるガバペンチン200mgを導入した。今後400mg→600mgへと増量予定である。
(薬剤師:武者利樹)
<作業療法>
高齢のため、身体機能面の低下が顕著である。主に、下肢筋力の低下は顕著にみられ、立ち上がり・歩行において援助が必要である。現在、日常生活において、スタッフと共に立位保持や歩行訓練を行うことで、下肢筋力は向上している。入院当初は歩くことが出来なかったが、現在調子の良い時にはスタッフの手引きで歩行することが可能になっている。しかし、下肢筋力が向上したことにより、車いすから立ち上がろうとする様子が見られる。車いすの座面が高いことも立ち上がりやすい要因の一つであり、転倒のリスクを回避するためには膝よりも座面を低くする必要がある。ソファ席や長椅子などへ誘導し、穏やかに活動に参加できるよう援助していく。
また、認知機能にも問題を抱えており、OT活動中に、急に大きな声を出したり、立ち上がったりする様子が見られる。とっさの行動で転倒しないよう駆け寄り、そのまま援助しながら歩行訓練を行うなど、気分転換を図ることで、集団活動に静かに戻ることができている。
昔を思い出し、現在の状態を嘆く姿も見られるため、お茶の先生を行っていた時代を思い出し、実際にお茶をたてて皆さんに振る舞うなど、生き生きと取り組む活動を提案していきたい。また、音楽やダンスがお好きなようす。好きな音楽を聴く時間を設けるなど、気分転換ができるよう関わりを持ち、穏やかな気持ちで入院生活を送ることができるよう支援していきたい。
(作業療法士:菅本沙希)
<栄養>
80才を超えていて高齢だが、歯はすべて自分の歯で義歯の装着はなし。硬いものも問題なく食べることができる。甘いものは好まず、塩辛い物が好きな傾向があるためか高血圧みられる。心房細動にて抗血栓薬のワーファリンは内服しているが、降圧剤の処方は受けていなかった。当院で降圧剤が処方されてからの血圧は落ち着いている。
高齢ということもあり、これまでの嗜好や食生活を激変することは困難。そういった場合には大幅に食事制限を行ってもかえって喫食率が低下してしまうことが懸念されるため、食塩制限含め食事制限は最低限で行う場合もある。もともとの入院前の食生活を加味しても、塩辛いものを好む傾向とのことで、病院の食事より多く食塩を摂取していると考えられるため、今回は必要栄養量程度の常食にて経過を見ることとした。
また、高尿酸血症や肝機能障害などの疾患も合併しており、場合によってはそれらの対応も必要であるが、ここ最近の下腿部の浮腫がめだつようになった。血圧は正常範囲内で推移していたが心臓の働きも悪いこともあり、食塩制限を行うこととし、現在は浮腫も軽減されている。退院後の減塩食療法について、減塩食品の使用の指導に加え、浮腫のある場合の水分摂取・食塩の摂取についてなどご家族・通所施設・ショートステイ先への周知を行い、安心して日常生活を行うことができるようにして頂けるようにサポートを行っていく。
(管理栄養士:勝山 祥子)
<医事>
今回の症例は、ご高齢のご主人様と2人暮らしの方である。加入保険は、宮城県後期高齢者医療広域連合、医療費は1割負担となっている。後期高齢者の負担額の上限は57,600円となっており、所得によって、負担額が軽減される場合もあり、当院では入院の際 ”限度額認定証” の利用を推奨しており、この方も入院のご説明の際、ご案内を差し上げている。
今回は、申請したが該当せずとの判断であった。今後も、社会背景を確認しながら、利用できる制度をご案内していくことになる。
(医事科:阿部奈美)
座長総括
てんかんは子どもの病気と思われがちだが、この方のように高齢で発症してくる方もおり、認知症を合併している場合などは、てんかん発作と気づかれず、受診が遅れる方もいる。外来看護ケアに於いては、定期受診の継続が課題であり、入院時のてんかん看護ケアは、てんかん発作の観察と記録のみならず、高齢者の特性を理解したお世話が求められるとなる。
社会資源を利用している場合は、まだまだ社会啓蒙が確立していない高齢者施設関連への教育も合わせて求められていくことになる。そして、患者さんが必要としている社会的な支援ネットワーク作りがナースの重要な役割となる。
ナースは、現状の福祉制度では見落としがちな、正確な病状の把握と、適切な支援のポイントという視点に積極的に介入し、治療に引き込む必要がある。高齢の方々へのてんかん看護を、あらためて教えていただいた症例であった。
(海野美千代)