てんかんイーヴニングセミナー第46回
(EESB-2019-IV;2nd)報告
2019年11月28日(木)
小児神経疾患の遺伝子研究の手ほどき
東北大学医学部小児科学 呉繁夫先生
<呉先生、2019年最終講義をありがとうございました>
セミナー開催者 海野美千代
二週に一度のペースでEESBてんかんイーヴニングセミナーを怠りなく開催してきました。過去には台風や大雪のため休講としたことがあります。今秋はベーテル本体が徒らに多忙となり、第四期はクリスマスも重なり、たったの二回となりました。ながら、来年2020年の計画もできあがりましたので、年内にお知らせ申し上げたいと存じます。
さて、11月28日(木)は、待望久しく、東北大学小児科教授の呉繁夫先生のご登壇です。講義内容は遺伝子研究でした。遺伝子異常のあれこれは幾つも聞いてきましたが、その手ほどきをしっかり聞けました。とても親しみやすく、分かりやすく、呉教授の研究者、医師としてのお人柄には聴講者みなが感銘しました。ユーチューブで流せないのが残念です。他方、セミナーの最後には、スキルアップクエスチョン10問が、毎回準備されます。どの質問も基礎中の基礎の質問です。今回ばかりは、範囲が広く、なじみも薄いのか、誤答三項目。しっかり勉強しよう、しっかり慣れよう、しっかり予習復習。すべて、自宅学習時間で決まるが当てはまりました。
さて、以下はセミナー聴講者の一人Dr曽我天馬のノートとなります。なお、実際に講義内容をお聴きになりたい方は、窓口にご相談下さい。
最後に、どなた様も素晴らしいクリスマス、新年2020を迎えられますよう、EESB事務局からもお祈り申し上げております。
<聴講報告>
総合南東北病院神経内科 曽我天馬
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僭越ながら、聴講生の一人としての講義メモランダムを以下に記します。
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遺伝に関する病気には単一遺伝子病と多因子病があります。病気は環境要因と遺伝要因の両方の要素によって引き起こされるなかで、「遺伝子だけ」で病気が起こるものを単一遺伝子病と呼びます。反対に事故や中毒は,「環境要因のみ」によって引き起こされる病気と考えられます。生活習慣病はその狭間にあるような病気で多くが多因子病と考えられます。
「単一遺伝子病は責任遺伝子による」、「多因子病は感受性遺伝子による」という言葉の定義があるものの、その用語の使用については厳密に区別されないことがあるため,その文脈から意味を履き違えないように注意が必要です。多因子病の例としてアルツハイマー病を挙げると、その感受性遺伝子はAPOE遺伝子です。遺伝子を持っていることによって、日本人ではその遺伝子を持っているかどうかでアルツハイマー病になる確率が4倍違うと考えられています。このように、遺伝子を持っていることで必ず発症するという意味でないことがポイントです。
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単一遺伝子病にはNGS:次世代シークエンス,多因子病にはGWAS:全ゲノム解析がGene Huntingの定石になります。1990年代は「たまたま」遺伝子を見つけることができればラッキーで病気の遺伝子を見つけることができたといったものでした。働きのわかっているタンパク質が病気の原因となっている場合や、血族結婚が多いような地域で出る病気であれば見つけやすい遺伝子ということになります。ホモ接合体マッピングは血族婚(いとこ婚)によって生まれる病気の遺伝子を調べる方法になり昔は主流の方法でした。嚢胞性線維腫症は日本ではあまり診ない病気ですが、フランシス・コリン氏が遺伝子を同定した病気で、大家系のリンケージで責任領域を絞ることによって、60%の患者が同じ3塩基欠損をもっていることを突き止めました。その頃と比べ、20年たった現在はより遺伝子を発見しやすくなりました。ヒトゲノム配列が解明されたことと、遺伝子解析技術の進歩によりゲノム解析の莫大な解析を機械がやってくれるようになったことによります。
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人の遺伝子にはタンパク質をコードするエクソンと,その間をつなぎあわせるイントロンがあります.全体の1.3%に当たるエクソンの部分を一本釣りするようにとりあげて解析する(エクソーム・シークエンス)が主流です。最近では技術の進歩と検査が安価になったことから、エクソン部分だけでなくすべての領域について解析することができるようになってきました。ここで間違えていけないのは、エクソーム解析を行っても疾患遺伝子の同定は不可能ということです。個人個人で多型(変異)は数万個あり、一人の人を調べても、病気の原因とすることはできないのです。そういった理由で、家族の遺伝子を調べることになります。両親の遺伝子を調べることによって、異常遺伝子の遺伝形式を、例えば常染色体劣性遺伝、X連鎖性遺伝、新生突然変異(de novo)であるかどうか判断するというわけです。実は新生突然変異は1世代で約74塩基で起こると考えられ遺伝子が特定しやすいとわかります。遺伝子同定がしやすい遺伝形式は、1.新生突然変異、2.常染色体劣性遺伝、3.X連鎖性遺伝、4. 常染色体優性遺伝、5.遺伝形式不明の順番になります。
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突然変異についてです。1世代で約74塩基で起こると考えられ、全世界的に考えると、十分な人口がいるおかげもあって,世の中に同じ突然変異を持つヒトは約50人いる計算になります。ここでとても珍しいことが起こった例を示します。痙性両麻痺を持つ新しい奇形症候群(MAPK3IP8(JIP3)遺伝子変異)で、この病気の兄弟例から同じ新生突然変異が同定されました。世界に50人にだけ起こるはずのことが兄弟に起こったというのは大変に珍しいことになりますが、母の生殖細胞由来の変異が起こったことが原因でした。実は同じ遺伝子異常をもつ人が、あと3人日本に居ることもわかっています(Iwasawa S et al. Ann Neurol, 2019)。この症例からもわかるように、目の前の2人の患児の分子診断で教科書が変わることがあり、当科では、「XX病の研究ではなくOOちゃんの研究を」という教えを訓じています。
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もやもや病はこどもの脳卒中の50%を引き起こしている病気です。もやもや病は10-15%に家族歴があり、一卵性双生児の一致率は60-80%、日本や韓国に多いこと、特定疾患の併発が多いことから遺伝病であると考えやすいです。私たちはもやもや病の家族例を研究して遺伝子同定を試み続けましたが、それまでの幾つもの定説に従っても証明できず苦労しました。GWASを行い、もやもや病の遺伝子変異の近くの遺伝子の違いをマークしてあたりをつけ、見いだされた部位をより細かく解析をすることで、もやもや病の人の73%に見られる(健常者でも1.4%に見られる)変異を見いだすことができました.つまり,この遺伝子を持っていると190倍、もやもや病になりやすい(相対リスクが高い)ことが分かったのです(Kure S et al. Moyamoya Disease Update, 2010)。
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話題を分子診断のメリットに移します。それは分子診断で治療が変わることがあるということです。あるこどもが脳腫瘍に侵され、治療不可能な状態と言われていました。ところが,こどもの皮疹の遺伝子を調べると、皮膚がんの遺伝子異常があることがわかりました。アメリカで治験中の皮膚がんの分子標的薬を輸入してその子に飲ませたところ、なんと脳腫瘍が消退したのです。もう一つの例として、非典型的な経過で難治性てんかんと考えられていた患者さんの例をあげます。遺伝子を調べると、神経細胞のNaチャネルの興奮を引き起こす遺伝子の変異が見つかりました。Naチャネルを阻害する抗てんかん薬を適切な濃度に保つ治療努力により、発作の再発で何回も入院してしまう事態を避けることができました(Watanabe Y et al. Am J Med Genet A, 2016)。
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患者さんは決して自分の研究や分野にあわせてやってくるわけではなく、患者さんがくればその問題に向き合って解決することが大切です。格言にある患者さんがあなたを導く「Patients lead you」の言葉通り、XX病の研究ではなく○○ちゃんの研究を、が呉繁夫教授の熱烈なメッセジでした。 (了)