2021.4.23
MACBJ
MDTB定期症例検討会:2021−APR
第106 回:公開版2021−04
(MACB:Monthly All Members Conference BETHEL Japan)
(MDTB:Multidisciplinary Team Approach 多面的ティームアプローチ)
症例:女性、20代
診断:全般化機制の右側頭葉てんかん
<看護―入院>
第106回目の症例は、昨年5月に発症したばかりの20代の女性である。早朝覚醒時に転倒を伴う単発の覚醒時全身けいれん発作で、初発から4回目の発作で当院へ転送された。脳波検査で右側頭葉に優勢で、また前頭葉を巻き込む広い領野の発作波活動が認められた。
前医投与のイーケプラLEV1000mgは16.0μg/mlであった。これを1500mgまで増量し、発作なく順調に経過した。残念ながら退院予定日当日の朝、覚醒時に全身けいれん発作が再発した。発作間隔は3月と長く入院治療継続として限界を超えていた。なお、24時間VTR・脳波同時記録検査では、発作波は安静時・入眠時に活発に出現し、また断眠賦活の朝方に増加する事が知られた。
看護観察では以下が知られた。本例はさる施設の清掃業務に就いていたが、対人関係は消極的で復職意欲を示さない。病棟活動や社会復帰に向けたOT活動では意欲なく、期待される相応の役割遂行ができない。ご家族の悩みが長く深いことも知られた。既に幼少期に気づかれていたご本人の特性に加えて、突然のてんかん発症が追い打ちをかけた。これまでの仕事もご家族が探したもので、手塩にかけて通勤援助を行っていた。ご本人に原職復帰の意思はないに加え、発作への不安から目を離せない心境に陥っている。5度目の発作で親御さんともども、退職の道を選択した。今後の生活設計にも関心が薄い。
精神科医師の診察も経た。当面、職業準備性や職業適性の評価などを受けながら、障害者職業センターを利用することとなった。
(看護―小倉友希那)
<看護―外来>
外来病歴なし。
<検査>
以下、各種検査の結果を提示した。
【大脳MRI画像】
ルーティン大脳MRI、薄層冠状断、発作時緊急ASLで明瞭な異常所見を認めない。卒倒を繰り返したが、頸部MRIで所見を認めない。
【発作時脳波】
発作が稀なため、発作時脳波記録はない。なお、再発発作後の緊急脳波、前後の脳波所見の比較を行ったが、著明な変化を見せない。
【発作間歇時脳波】
LEVイーケプラ500mgの2錠服用下の脳波検査では右半球生の鋭波連1秒持続を、また。睡眠中に7回、Fp2−F8に小棘徐波、多棘徐波、棘徐波連を認めた。
断眠賦活を含む終日脳波・VTR記録では、上記小棘徐波結合が2分に1~2回程度出現する。F8に優位の焦点活動は、日によってF8よりT6が0.1秒程度早く出現していた。前側頭部が後側頭部に引っ張られていると見える。
なお、LEVイーケプラが日量1500mgに増量になったが、発作波は少々減少しているかも知れない。
【神経生理】
PR-VEPは異形である。上肢CSEPは所見なし。なお、MLRは発作直後だけ左側が低反応を示した。P300に遅延なし。
(検査―笠原秀敏、原田早苗)
<薬剤>
昨年5月に卒倒する全身けいれん発作を発病し、その半年後、二回の全身けいれん発作があった。LEV1000mg分2で内服開始となっていた症例である。ながら、1月後再び発作が出現し、救急搬送を経て当院へいらっしゃった。
発作抑制に向け、早々に精密検査含め薬物調整目的に入院治療が選択され、
LEV(イーケプラ)の血中濃度は比較的にまだ16㎍/mlであったため、1500㎎に増量して退院日が設定された。退院後に向けて服薬指導を強化し、自己管理にまで高めた。しかし、退院当日に4度目となる全身けいれん発作の出現があり退院は延期となり、4月LTG(ラミクタール)25mg隔日奇数日で導入となった。
脳波異常が消えないことを気にしているが、発作さえなければ気にしないよ
う話した。重篤な薬疹の副作用を回避するため、LTGの増量には時間がかかる
ことを説明した。社会復帰計画のスピードと薬物治療の両者の計画をマッチさ
せる必要がある症例である。
(薬局―武者利樹)
<主治医コメント>
症例は一見、明るくはないが苦労のない娘さんのようだ。とはいえ、胎児仮死出生であった可能性があること、入学前に発達遅滞を指摘され、特別療育・保育サーヴィスを、また教育は高等部まで特別・養護教育を受けていた。付き合えば、他人との会話が極めて苦手であることがすぐに知られるが、見栄えがよいので、相応に期待されて然るべきであった。だから、高卒時にご家族は学校を頼らなかった。数えれば十人を下らないはずの学校の先生方の観点という情報がとても役に立つであろう。外見上の彼女は、本来これ以上の否定的な表現を必要としないはずであったが、てんかん発作を発病したことでこれまでの社会生活のアラスジが瓦解した。
症例の画像所見は乏しいが、左海馬尾部がわずかFL高信号であるかもしれない。右舌縁の咬傷を伴う発作直後のMRI-ASL、DW1に新たな所見を示さなかった。脳波所見は、安静覚醒時のにF8優勢で右側頭葉全体に、また右半球性の鋭波群発1秒ほどの散発を認める。右側頭下面の焦点という仮説が、右半球性に一気に広がる、いわゆる半球化、全般化を暗示する。なお、全般化けいれん以外に臨床症状から、脳波所見との関連を推察することはできない。画像的には大発作時緊急ASLが何も教えてくれなかったことは急速な全般化を示唆している可能性がある。女性でなければPET―CTの所見の有無を急ぐところだが。
既にレヴェティラセタムLEVが投与されてしまっているので、症例の生の脳波所見は知られない。いずれ血中濃度33μg/mlでも二次性強直間代発作は抑制できなかったので、新規薬剤に頼らざるを得ない。この場合、ラモトリギンLTGとした。凌ぎには慣れを前提にベンゾダイアゼピンBZDでもよい。
(曾我孝志)
<神経心理>
この症例は、入院時の神経心理検査では、知的能力や言語処理の能力の低さが見られ、社会生活の情報とやや乖離があるケースであった。その後の検査では、入院時よりは高い結果が出るものの、境界を超えずに知的能力の低さがあり、結果の不安定さから、状況への適応性の苦手さが考えられた。作業や処理のスピードはそこまでスローではなく、仕事をある程度、長期間続けることができた要因の1つと考えられるが、性格や内面的な特徴は、自分独自の世界に浸りやすく、対人関係や社会など外界とつながることの難しさがみられた。適応の難しさや性格傾向から、場面や環境に慣れるまでの苦労が推定され、実際、入院期間中に仕事や作業などが変わるかどうかの瀬戸際では、本人の混乱や適応の難しい様子も見られた。
母親も本人の特徴をよく理解できないままに子育てや関わりを行ってきたようで、母親としての愛情から来る心配や不安な面を話され、子への関わりに悩んで相談される場面もあった。想像やイメージの世界ではなく、実体験や本人の生の経験から事態が動いていくことが望ましいと考えられ、前に進む本人と、それを足並みを揃えて見守る母のどちらへも支援、関わりが、今後は重要になると思われる症例であった。 (神経心理―阿部佑磨)
<作業療法・生活>
症例は、職業が「合う・合わない」ということではなく、経験不足や失敗体験の不足からの、社会復帰のイレギュラーが発生したものと考える。ある意味、患者は家族に守られて、社会へプロデュースされている。だが、与えられた仕事や自分に課せられた仕事を、こんなもんでいいかな、という甘えに染まっていた可能性がある。入院生活の様子を見ながら退院後の仕事復帰の雲行きは心配していた。発作再発により的中してしまった。
検討を重ね、障害者職業センターを介し、職業評価を受ける。そこからまた一歩を踏み出してみるという具体策を提案することなった。早速本人へお話してみたところ、本人も受けてみたい。また母も、やってみたいとの意向が出た。仕事に関する価値観を育てていく観点からも、療法科は今回の職業センターへの評価の件をプロデュースしていきたい。おそらく、悪い結果は出ないであろうし、家族と「仕事」に対して一緒に向き合う良い経験になるであろうと考える。職業評価は、本人の評価であると同時に、家族が仕事をどう思うか、本人にどうさせて行きたいのか、を考える分岐点になることができる。
職場復帰を考えると、それ以前に仲間作りや協業のスキルが、少々不足している側面があった。毎日のOTの中で、他者と一緒に物事を考え、悩みやり遂げるという、一連の流れの経験値を増やしてあげることを目標にした。ベーテルは、その特性から、ピアサポートや協働、協業することにいては非常に恵まれた環境であると私は考える。少しでも、悩み多き本人が、生きやすくなることを願ってアプローチを継続していく。
(OT-有賀 穰)
<栄養>
入院前は、日中の5時間程度の仕事に従事。食事内容は大きな偏りはないものの、洋菓子やョコレートのような甘いものが大好きでよく食べていた。そのためか中性脂肪がやや高めではあったが、入院中の食事により中性脂肪の改善がみられた。
また、入院前排便コントロール不良あり、週に1回程度しか便が出なかったとのことであったが、オリゴ糖を試すことで週3‐4回にコントロールされた。便秘問題は退院後も重要であるため、水分や食物繊維などの不足のないように指導が必要である。退院後も外来指導を継続していくこととする。
(栄養―勝山祥子)
<医事>
この方は、既に療育手帳をお持ちで、成人となってからは障害基礎年金も受給されている。入院にあたり限度額認定証制度について説明し、利用されている。退院に向けて、外来の医療費負担を軽減できる【自立支援医療受給者証】を案内していく予定である。
(医事―高橋香織)
<座長総括>
今回の症例は、てんかんの診断・治療のみならず、てんかんのリハビリテーションの難しさを教えてくれました。職業選択では「Nothing about Us, Without Us」「私たち抜きに私たちのことを決めないで」のフレーズ、国連の障害者権利条約の制定過程で繰り返された言葉が思い出されます。
普通の幸せな人生を願う親御さんの想いが、大事なところで娘さんには伝わっていないし、関われていない。いつどの時点で、このようにすれ違ってしまったのか。双方の思い違いを軌道修正していくことは早晩の局面であったでしょう。てんかん発作はなりたい自分を探すスタートラインの号砲であったかもしれません。
てんかんの発症により巡り合ったベーテルで、今度は自分で決めた人生の設計図を作成し旅立ってほしいと願います。自分が社会においてどのような役割を担えるのかは、誰かがいつか教えてくれるものなのだろうか。自ら判断できるよう導くことを目標とする看護ケアが私たちのいつもの課題なのです。
(海野美千代)